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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)157号 判決 1996年3月27日

ノルウェー国0485 オスロ、ニユコヴエイエン 2

(審決書の表示 ノルウェー国オスロ4.ポストボツクス4220.ニユコヴエイエン 2)

原告

ニユコメド・イメージング・アクシエセルカペト

(審決書の表示 ニユコメド・アクシエセルカペト)

代表者

トロン・ヴェー・ヤーコブセン

オエイヴィン・アー・ブロエイメル

訴訟代理人弁理士

佐藤辰男

西村公佑

高木千嘉

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

指定代理人

種村慈樹

吉村康男

花岡明子

伊藤三男

主文

特許庁が、平成1年審判第11595号事件について、平成5年4月15日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告(旧名称 ニユエガード・アンド・コンパニー・アクシエセルカペト)は、1982年10月1日に英国でした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和58年9月30日、名称を「X線造影剤」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭58-180936号)が、平成元年3月7日に拒絶査定を受けたので、同年7月3日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第11595号事件として審理したうえ、平成5年4月15日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年5月24日、原告に送達された。

2  本願の特許請求の範囲第1項に記載された発明

別添審決書写し記載のとおり。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願の特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下「本願第1発明」といい、その化合物を「本願化合物」という。)は、特開昭53-21137号公報、特開昭57-154152号公報、特開昭55-153755号公報(以下、順に「引用例1」、「引用例2」、「引用例3」という。)に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨、引用例1に審決認定の化合物(以下「引用化合物」という。)が記載されていること、本願化合物と引用化合物との一致点及び相違点の認定、引用例2、3の記載事項の認定中、引用例2、3に、「非イオン系沃素含有X線造影剤としての2、4、6-トリヨードイソフタルアミド誘導体において、5位のアミド基の炭素原子に置換しているアルキル基の置換基としてヒドロキシ基またはアルコキシ基が記載されており、」までの部分(審決書2頁8行~4頁12行)は認め、その余は争う。

審決は、本願化合物と引用化合物との相違点の判断を誤り(取消事由1)、本願化合物の顕著な効果を看過し(取消事由2)、誤った結論に到ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(相違点の判断の誤り)

(1)  本願化合物と引用化合物との相違点は、N、N’-ビスー(2、3-ジヒドロキシプロピル)-5-〔N-(2-ヒドロキシプロピル)アセトアミド〕-2、4、6-トリヨードイソフタルアミド化合物において、5位のアミド基の窒素原子に置換している2-ヒドロキシプロピル基の3位が、本願化合物では、メトキシ基で置換しているのに対し、引用化合物では、ヒドロキシ基で置換している点にあり、その余は一致していることは、審決認定のとおりである(審決書3頁下から8行~4頁2行)。

一方、引用例2及び3には、審決認定のとおり、非イオン系沃素含有X線造影剤としての2、4、6-トリヨードイソフタルアミド誘導体において、5位のアミド基の炭素原子に置換しているアルキル基の置換基としてヒドロキシ基又はアルコキシ基が記載されている(同4頁4~12行)。

このように、本願化合物と引用化合物では、「5位のアミド基の窒素原子に置換している」のに対し、引用例2及び3の化合物では、「5位のアミド基の炭素原子に置換している」のであって、両者は相違する。

引用例2及び3から、アミド基に含まれるアルキル基の置換基としてヒドロキシ基とアルコキシ基とが同等であるといえるのは、アミド基の炭素原子に結合するアルキル基についてであって、アミド基の窒素原子に結合するアルキル基についてではない。

それにもかかわらず、審決は、引用例2及び3の記載から、「アルコキシ基とヒドロキシ基は、2、4、6-トリヨードイソフタルアミド系X線造影剤において、5位のアミド基に置換しているアルキル基に置換する基として同様に用いられる置換基であって、その該X線造影剤に及ぼす影響も格別差異がないものと認められる。」(同4頁18行~5頁3行)と誤って認定した。

審決は、上記認定の根拠として、「引用例2には、アルコキシ基によって置換されたもの(C、F)も、ヒドロキシ基によって置換されたもの(G)と同様に脳内相容度、槽相容度及び脳相容度が優れていることが記載されている。」(審決書4頁12~16行)としている。

しかし、引用例2の化合物のR及び引用例3の化合物のR5がアルコキシアルキル基又はヒドロキシアルキル基であることによる影響を比較できる具体例としては、引用例2のCとGとの化合物であって、1個のアルコキシ基又はヒドロキシ基で置換されたアルキル基を有する化合物である。また、審決は、Fの化合物も挙げるが、Fの化合物は-A-Yで表される基がセリン残基であるのに対し、C及びGの化合物はグリシン残基であるので、両者を対比することはできない。

このように、引用例2のCとGの化合物は、1個のアルコキシ基又はヒドロキシ基で置換されたアルキル基を有する化合物である。これに対し、引用化合物の5位のアミド基の窒素原子に結合するアルキル基は、プロピル基の2位と3位がヒドロキシ基で置換された2、3-ジヒドロキシプロピル基であり、2個のヒドロキシ基を有するから、ヒドロキシ基をメトキシ基で置換することを考えたにしても、2位のヒドロキシ基を置換する場合と、3位のヒドロキシ基を置換する場合と、2位と3位の両方のヒドロキシ基を置換する場合の3通りが考えられ、そのいずれであるのかが定まらない。したがって、引用例2の上記記載からは、3位のヒドロキシ基をメトキシ基で置換するということは、直ちにはいえないのである。

以上のとおりであるから、審決の「引用例1の・・・3-ヒドロキシ基をアルコキシ基の一種であるメトキシ基に代えてみることは当業者が適宜試みる事項にすぎない。」(同5頁4~10行)との判断は誤りである。

(2)  被告は、アミド基の炭素原子と窒素原子とを誤認混同していない根拠として、引用例3を挙げ、特開昭52-128347号公報(乙第1号証)及び特開昭57-145849号公報(乙第3号証)を提出している。

しかし、これら各公報記載の化合物は、トリヨードイソフタル酸基が3つ又は2つ連結した化合物であるのに対し、引用化合物及び引用例2、3の各化合物は、トリヨードイソフタル酸基が一つの化合物であり、到底類似した化合物ということはできず、前者から後者のアミド基の性質は類推できない。また、前者には、アミド基の窒素原子の置換基がアルコキシアルキル基である化合物は記載されていない。

被告は、アミド基の炭素原子の置換基と窒素原子の置換基との置き換え容易性を種々論ずるが、X線造影剤としての有用性は、アミド基のみによって決まるものではなく、化合物全体の構造によって決まるものである。したがって、同一骨格及び同一位置に結合したアミド基の炭素原子と窒素原子とに結合するアルコキシ基やヒドロキシ基の性質の類似性を論ずるならともかく、基本骨格の異なる化合物におけるアルコキシ基やヒドロキシ基の置換可能性を論ずる被告の主張は、失当である。

2  取消事由2(顕著な効果の看過)

審決は、「その結果得られた効果も格別顕著なものとは到底認められない。」(審決書5頁10~11行)として、本願第1発明に顕著な効果がないとしたが、誤りである。

本願化合物は、本願明細書(甲第2号証の1~4)に説明されている(同号証の1明細書8頁6行~17頁9行)とおり、毒性及び浸透性が低く、高安定性であって、さらに溶解度が高く、しかも結晶の成長速度が遅いため、高濃度溶液の形で結晶が析出することなく長時間の保存が可能になるなどの特性を有し、引用化合物(本願明細書中に引用されている英国特許第1548594号は引用例1の英国特許である。)と同等ないしは優れた性質を有するX線造影剤として使用できる。

本願化合物は、前示のとおり、引用化合物の5位のアミド基の窒素原子に置換している2-ヒドロキシプロピル基の3位のヒドロキシ基がメトキシ基で置換されているものである。

そして、化学大辞典4(甲第6号証)にも、ヒドロキシ基は「あまり親水性の強くない基」、メトキシ基は「親水性の小さい基」として分類されている(同号証921頁右欄、「親水基」の項)ことからすれば、本願化合物は引用化合物と比較すれば、通常は、親油性が高まる一方、親水性は低下すると考えられるのに、本願化合物において、親油性は高いが、その親水性は低下していない(甲第7号証・昭和63年12月28付け意見書添付別表2)。

また、「Radiocontrast Agents」(甲第8号証)の「毒性は、親水性と逆の関係にあることが知られている。」(同号証訳文1頁末行~2頁1行)、「理想的なCM(注、造影剤)は、完全に親水性であるべきである。」(同2頁8行)との記載の示すとおり、一般には、親油性が高くなると毒性が高くなると考えられていた。

さらに、引用例2(甲第4号証)の表(同号証11欄)によれば、化合物CとGは、5位のアミド基の炭素原子に置換するアルキル基がメトキシメチル基かヒドロキシメチル基かの違いがある化合物であるが、化合物Cは脳内相容度において公知化合物イオタラメートHに劣るが、化合物Gはこれに勝っており、このことは、5位のアミド基の炭素原子に置換するアルキル基のヒドロキシ基がメトキシ基に代わると、X線造影剤としての性能は低下することを示している。

ところが、前示のとおり、本願化合物は、引用化合物と同等ないしは優れた性質を有するX線造影剤として使用できるのであるから、本願第1発明の効果は、引用例1~3からは予測できない効果といわなければならない。

第4  被告の反論の要点

1  取消事由1について

2、4、6-トリヨードイソフタルアミド系X線造影剤である本願化合物と引用化合物において、5位のアミド基の窒素原子に置換しているアルキル基と5位のアミド基の炭素原子に置換しているアルキル基は、窒素原子に置換しているか炭素原子に置換しているかの差異はあるが、ともに5位のアミド基の置換基である点においては同一である。

そして、引用例3、特開昭52-128347号公報(乙第1号証、以下「周知例1」という。)及び本願優先権主張日前の昭和57年9月9日公開の特開昭57-145849号公報(乙第3号証、以下「周知例2」という。)には、2、4、6-トリヨードイソフタルアミド系X線造影剤において、5位のアミド基の炭素原子に置換しているアルキル基が、窒素原子に置換しているアルキル基として採用できることが記載されており、このことは、本願優先権主張日前において、周知の知見であった。

また、引用例2(甲第4号証)の表(同号証11欄)には、いずれも5位のアミド基の炭素原子に置換しているアルキル基がアルコキシ基で置換された化合物C、Fについて、化合物Cは、公知化合物であるイオタラメートHに比べて、パルツエリによる脳内相容度が低いとしても、その程度はX線造影剤としての有用性を否定する程のものではなく、槽相容度は著しく優れている(約2倍)こと、化合物Fは、イオタラメートHに比べて、脊髄造影法において、パルツエリによる脳内相容度が優れ、槽相容度は著しく優れている(約2倍)ことが示されているとともに、5位のアミド基の炭素原子に置換しているアルキル基がヒドロキシ基で置換された化合物Gは、イオタラメートHに比べて、脊髄造影法においてパルツエリによる脳内相容度及び槽相容度、血液造影法において脳相容度が優れているが、槽相容度は、化合物C、Fのように著しくは優れていないことが示されている。

これらによれば、X線造影剤としての性質全体でみると、5位のアミド基の炭素原子に置換しているアルキル基がアルコキシ基で置換された化合物C、Fも、ヒドロキシ基で置換された化合物Gと同様に、優れた性質を有することが明らかである。

したがって、審決が、引用例2及び3の記載(審決書4頁4~12行)から、5位のアミド基の炭素原子に限定することなく、「アルコキシ基とヒドロキシ基は、2、4、6-トリヨードイソフタルアミド系X線造影剤において、5位のアミド基に置換しているアルキル基に置換する基として同様に用いられる置換基であって、その該X線造影剤に及ぼす影響も格別差異がないものと認められる。」(同4頁18行~5頁3行)と認定し、「引用例1の・・・3-ヒドロキシ基をアルコキシ基の一種であるメトキシ基に代えてみることは当業者が適宜試みる事項にすぎない。」(同5頁4~10行)と判断したことに、原告主張の誤りはない。

引用化合物のヒドロキシ基をメトシキ基に代えてみる場合、原告主張のとおり、3通りあることは認められるが、3通り程度であれば、その各々について試してみることは容易に想到できる程度のことである。

2  取消事由2について

引用化合物は、6個のヒドロキシ基を有する化合物であることからみて、そのうちの1個のヒドロキシ基が、親水性は小さいが同じく親水基に属するメトキシ基に代わった場合、僅かな親油性の高まりと親水性の低下があるとしても、通常はX線造影剤としての有用性を損なうような大きな影響はないと、当業者であれば考えるものである。

現に、原告も主張するとおり、本願化合物は、引用化合物に比べ、親油性は高いが、その親水性は同程度である。(甲第7号証・昭和63年12月28付け意見書添付別表2)。

原告は、引用例2(甲第4号証)の表(同号証11欄)によれば、5位のアミド基の炭素原子に置換するアルキル基のヒドロキシ基がメトキシ基に代わると、X線造影剤としての性能は低下することを示していると主張するが、前述のとおり、X線造影剤としての性質全体を比較してみると、化合物Cが化合物Gと同様に優れた性質を有することは明らかであるから、原告の主張は失当である。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(相違点の判断の誤り)について

(1)  本願化合物と引用例1記載の化合物(引用化合物)の一致点、相違点が審決認定のとおり(審決書3頁下から8行~4頁2行)であること、引用例2及び3には、審決認定のとおり、非イオン系沃素含有X線造影剤としての2、4、6-トリヨードイソフタルアミド誘導体において、5位のアミド基の炭素原子に置換しているアルキル基の置換基としてヒドロキシ基又はアルコキシ基が記載されている(同4頁4~12行)こと、ヒドロキシ基又はアルコキシ基で置換しているアルキル基が、引用化合物と本願化合物では「5位のアミド基の窒素原子に置換している」のに対し、引用例2及び3の化合物では「5位のアミド基の炭素原子に置換している」のであって、両者が相違することは、当事者間に争いがない。

このように、アルキル基の置換位置が異なるのであるから、引用例2及び3の記載から直ちに、審決認定のように、「アルコキシ基とヒドロキシ基は、2、4、6-トリヨードイソフタルアミド系X線造影剤において、5位のアミド基に置換しているアルキル基に置換する基として同様に用いられる置換基であって」(同4頁18行~5頁2行)ということができないことは、明らかである。

(2)  そこで、被告主張のように、2、4、6-トリヨードイソフタルアミド系X線造影剤において、5位のアミド基の炭素原子に置換しているアルキル基が、窒素原子に置換しているアルキル基として採用できることが、本願優先権主張日前において、周知の知見であったかどうかについて検討する。

被告が挙げる特開昭52-128347号公報(乙第1号証、周知例1)には、その特許請求の範囲に示された式(Ⅰ)で表される化合物類、それらのメチル並びにエチルエステル類、及び製薬上許容しうる塩基とのそれらの塩類の発明が開示されており、その化合物等は、ポリヨードベンゼン誘導体が3個連結されるものであり、その5位のアミド基の窒素原子に置換している(以下「窒素側の」という場合がある。)置換基R1は、水素原子、C1~C4のアルキル基又はC1~C4のヒドロキシアルキル基を示し、炭素原子に置換している(以下「炭素側の」という場合がある。)置換基R2は、C1~C4のアルキル基又はC1~C4のヒドロキシアルキル基を示すものである。

引用例3(特開昭55-153755号公報)には、その特許請求の範囲に示された式(Ⅰ)で表されるトリヨードーイソフタル酸ジアミド誘導体の発明が開示されており、その誘導体の窒素側の置換基R6は、水素原子又は場合によりヒドロキシル化された低級アルキル基を示し、炭素側の置換基R5は、低級アルキル基、低級ヒドロキシアルキル基又は低級アルコキシ低級アルキル基を示すものである。

特開昭57-145849号公報(乙第3号証、周知例3)には、その特許請求の範囲に示された式(Ⅰ)で表されるN-ヒドロキシーアルキル化ジカルボン酸-ビスー(3、5-ジカルバモイルー2、4、6-トリヨードーアニリド)の発明が開示されており、その化合物の5位のアミド基の窒素側の置換基R3は、低級のモノー又はジヒドロキシアルキル基を表し、炭素側の置換基Xは、直接結合を表すか、若しくは、酸素原子1個以上により遮断されているか又はヒドロキシ基又はアルコキシ基により置換されていてよい直鎖又は分岐鎖のアルキレン基を表すものである。

以上各文献に開示されたところによれば、全ての置換基が炭素側にも窒素側にも区別されることなく採用されていることは示されていない。すなわち、引用例3では、アルコキシアルキル基は、炭素側にはあるが、窒素側にはないし、周知例3では、炭素側にアルキレン基があるが、それに相当するアルキル基が窒素側にはない。このように、アルコキシアルキル基は、炭素側の置換基として示されているが、窒素側の置換基としては示されていないのである。また、周知例1では、アルコキシァルキル基は、炭素側にも窒素側にも示されていない。

これによれば、炭素側の置換基が窒素側の置換基として用いられている場合があるということは示されているにせよ、むしろ炭素側の置換基と窒素側の置換基とは必ずしも同等でないことが示唆されていると認められ、これらの例から、窒素側のアルコキシアルキル基の知見を得ることはできないというべきである。

また、周知例1及び3のものは、5位にアミド基を有する2、4、6-トリヨードイソフタルアミド化合物とはいえるが、周知例1のものは、2、4、6-トリヨードイソフタルアミドを3個、周知例3のものは、これを2個連結したものであり、ここでの知見を直ちに、本願第1発明及び引用例1~3のような2、4、6-トリヨードイソフタルアミドを1個のみ有する化合物に適用できることを示す根拠は、本件全証拠によっても、これを見出すことはできない。

したがって、2、4、6-トリヨードイソフタルアミド系X線造影剤において、5位のアミド基の炭素原子に置換しているアルキル基を窒素原子に置換しているアルキル基として採用できることが、本願優先権主張日前において、周知の知見であったとの被告の主張は、本件証拠上は、採用することができない。

審決が理由の一つとする引用例2記載の「アルコキシ基によって置換されたもの(C、F)も、ヒドロキシ基によって置換されたもの(G)と同様に脳内相容度、槽相容度及び脳相容度が優れていること」(審決書4頁12~15行)は、炭素原子側のアルコキシ基及びヒドロキシ基についての知見であって、炭素側のアルキル基が窒素側のアルキル基としても採用できることを前提とした上で、窒素側のアルコキシ基とヒドロキシ基の代替容易性を考える際に論ぜられるべき問題であり、この前提の容易性を根拠づける知見ではないことは、明らかである。

(3)  以上によれば、審決が、引用例2及び3の記載から、5位のアミド基の炭素原子に置換しているアルキル基として限定することなく、直ちに「アルコキシ基とヒドロキシ基は、2、4、6-トリヨードイソフタルアミド系X線造影剤において、5位のアミド基に置換しているアルキル基に置換する基として同様に用いられる置換基」(審決書4頁18行~5頁2行)と認定し、これに基づき、「引用例1の・・・ヒドロキシ基をアルコキシ基の一種であるメトキシ基に代えてみることは当業者が適宜試みる事項にすぎない。」(同5頁4~10行)としたのは早計にすぎ、理由不備の違法があるものといわなければならず、これが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決は取消しを免れない。

2  よって、取消事由2について判断するまでもなく、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 押切瞳 裁判官 芝田俊文)

平成1年審判第11595号

審決

ノルウエー国オスロ4.ポストボツクス4220.ニユコヴエイエン2

請求人 ニユコメド・アクシエセルカペト

東京都千代田区麹町3丁目2番地 相互第一ビル すばる特許事務所

代理人弁理士 佐藤辰男

東京都千代田区麹町3丁目2番地 相互第一ビル すばる特許事務所

代理人弁理士 西村公佑

昭和58年特許願第180936号「X線造影剤」拒絶査定に対する審判事件(昭和59年5月12日出願公開、特開昭59-82355)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

本願は、昭和58年9月30日(優先権主張1982年10月1日、英国)の出願であって、その発明の要旨は、昭和61年 月13日付け.昭和63年12月28日付けおよび平成1年7月31日付げの手続補正書により補正された明細書の特許請求の範囲第1項、第2項及び第5項に記載されたとおりのものであると認められるところ、その第1項に記載された発明(以下「本願第1発明」という。)は、次のとおりである。

「その立体異性形態を別々にまたは組み合せを含めて一般式Ⅰ

<省略>

(式中Rは-CH2CH(OH)CH2OHを表わす)を有する化合物。」

これに対して、原査定の拒絶の理由に引用された特開昭53-21137号公報(以下、「引用例1」という。)には、脳内用でもあるが特に血管に使用するための非イオン系沃素含有X線造影剤として、一般式

<省略>

(式中、Rは-CH2CHOHCH2OHを表わす)

の化合物が記載されている。

そこで、本願第1発明と引用例1に記載されたものとを比較すると、両者はN、N’-ビスー(2、3-ジヒドロキシプロピル)-5-〔N-2-ヒドロキシプロピル)アセトアミド〕-2、4、6-トリヨードーイソフタルアミド化合物において、前者の化合物は、5位のアミド基の窒素原子に置換している2-ヒドロキシプロピル基の3位がさらにメトキシ基で置換されているのに対し、後者のものはヒドロキシ基で置換されている点が相違しており、その余は一致している。

そこで、上記相違点について検討する。

原査定の拒絶の理由に引用された特開昭57-154152号公報(以下、「引用例2」という。)及び特開昭55-153755号公報(以下、「引用例3」という。)には、非イオン系沃素含有X線造影剤としての2、4、6-トリヨードイソフタルアミド誘導体において、5位のアミド基の炭素原子に置換しているアルキル基の置換基としてヒドロキシ基またはアルコキシ基が記載されており、さらに引用例2には、アルコキシ基によって置換されたもの(C、F)も、ヒドロキシ基によって置換されたもの(G)と同様に脳内相容度、槽相容度及び脳相容度が優れていることが記載されている。(第4頁左上欄及び右上欄1行目~3行目)

これらのことから、アルコキシ基とヒドロキシ基は、2、4、6-トリヨードイソフタルアミド系X線造影剤において、5位のアミド基に置換しているアルキル基に置換する基として同様に用いられる置換基であって、その該X線造影剤に及ぼす影響も格別差異がないものと認められる。

そうしてみると、引用例1の2、4、6-トリヨードイソフタルアミド誘導体において、5位のアミド基の窒素原子に置換しているアルキル基である2、3-ジヒドロキシプロピル基の3-ヒドロキシ基をアルコキシ基の一種であるメトキシ基に代えてみることは当業者が適宜試みる事項にすぎない。そして、その結果得られた効果も格別顕蓍なものとは認められない。

したがって、本願第1発明は、引用例1、2及び3に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

以上のとおりであるから、本願特許請求の範囲第2項及び第5項に記載された発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

平成5年4月15日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

請求人 被請求人のため出訴期間として90日を附加する。

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